書評

書評(しょひょう)とは、一般的に、刊行された書物を読者に紹介する目的で論評や感想などを記す文芸評論の一形式である。また上記のような古典的概念に加えて、現在では、正規の文字表現として定めないままに、書評としての内容を持って出される口頭のコメント(主としてテレビ、ラジオなどで行われる)なども、二次的概念としてこれに含む場合が多い。 通常はいわゆる新刊本について行われることが多く、読者の書籍選びにあたって参考に供する意味を持つ。

辞書

日本現存最古の辞典は、平安時代初期に空海によって編纂された『篆隷万象名義』であると言われる。次に編まれたのは、昌住によって編纂された漢和辞典、『新撰字鏡』である。これらは漢字を字形によって分類した字書であった。この系統では院政期になると『類聚名義抄』が作られた。 一方、『爾雅』の流れを汲み意味別に漢字が分類された漢和辞典には、平安時代中期、源順によって編纂された『和名類聚抄』がある。項目の多様性から日本最古の百科事典ともされる。この系統の辞典では室町時代になると、読み書きが広い階層へ普及し始めたことを背景に、『下学集』、諸種の「節用集」などの辞典が多く編まれた。 また、漢字の字音にもとづいて漢字を分類した韻書として、南北朝時代に『聚分韻略』が作られた。 安土桃山時代最末期の1603年(慶長8年)には、イエズス会のキリスト教宣教師により『日葡辞書』が作成された[1]。日本における「辞書」の呼称はこれが初出と考えられる。日葡辞書は、当時のポルトガル語アルファベットで記述されており、室町時代末期〜安土・桃山時代の日本語音韻をよく記録する第一級史料でもある。江戸時代には、室町期の「節用集」や往来物を元にして非常に多数の辞典が編集・発行された。それらのうち、『和漢三才図会』や『古今要覧稿』などは、百科事典と呼ぶべき内容を備えている。明治時代にはいると、言語政策の一環として大槻文彦の『言海』が編纂された。大槻は西洋の言語理論(特に英語辞書『ウェブスター英語辞典』)を元にして日本語の言語理論を体系化し、それにより『言海』をつくった。その後、言海を範として多くの辞典がつくられた。戦後は新村出編『広辞苑』や、独特の語釈で知られる山田忠雄他編『新明解国語辞典』などを含め、様々な辞典が発行されている。



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